がいしの歴史

第一章 「がいし」のはじめは通信用

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まずは「通信分野」で電気が発展

1799年~1839年

ボルタ(1745‐1827)

1799年にイタリアのアレッサンドロ・ボルタ(1745‐1827)がボルタ電池を発明し、以後、電気の応用が本格化します。

初めて応用が検討された分野は通信で、最初の商用電信機はイギリスのウィリアム・クック(1806‐1879)とチャールズ・ホイートストン(1802‐1875)が開発した電磁式の電信機(五針式電信機)です。

この電信機は1839年にグレート・ウエスタン鉄道のロンドン・パディントン駅~ウエストドレイトン駅間21kmに敷設されました。
当時の電信線は麻で巻かれた5本の信号線と1本の共通線を束にして軌道横の鉄パイプの中を通されており、まだ「がいし」は使われていなかったようです。

ホイートストン(1802‐1875)とクック(1806‐1879)、間に電磁式電信機

そのころ世界では

1839年 銀板写真の発明

ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールにより、ダゲレオタイプ(銀板写真)が発明されました。

ダゲレオタイプ(銀板写真)

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「ガラスがいし」登場!

1838年~1844年

最終的に広く普及する電信技術として、アメリカのサミュエル・モールス(1791‐1872)が1838年にモールス式電信機を完成させました。
1843年にワシントン~ボルチモア間61kmに電気通信の実験線が完成し、翌1844年5月にこの実験線を利用してワシントン~ボルチモア間の電信サービスが開始されます。

モールス式電信機は1本ないし2本の電信線で通信可能で敷設コストの安い架空配線が利用され、その電信線を支える絶縁体として「ガラスがいし」が使われました。

モールス(1791‐1872)とアメリカ東部の地図、「ガラスがいし」のイラスト

The first insulator

世界で最初の「がいし」は、「糸」だった!?

静電気が導線の中を通って遠方まで伝わる電気伝導現象を発見したのはイギリスのスティーヴン・グレイ(1666‐1736)で、1729年に導電体を絹の糸で支えて電気が遠方まで伝わる現象を発見しました。
導電体を絶縁しながら支えるものを「がいし」とするならば、この絹糸が世界で最初の「がいし」ということになります。

グレイ(1666‐1736)

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