今後不可欠となるネガティブエミッション技術
気候変動問題の解決に向けて、世界の多くの国々が2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げ、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換や、CO2排出削減技術の導入を進めています。
しかし、排出量削減には限界があり、また、大気中にはこれまでに排出されたCO2も蓄積されています。そこで今後不可欠となるのが、大気中のCO2を人為的に回収・固定化する「ネガティブエミッション技術」です。
ネガティブエミッション技術として、森林を増やしてCO2を吸収させる方法も検討されていますが、広大な面積を要します。それに対し、工学的なプロセスで大気中のCO2を回収しようというのがDAC(直接空気回収技術)です。
大気中のCO2濃度は0.04%と非常に低いので、DACの実現には革新的な技術が求められます。
日本ガイシは、これまでに培ったセラミック技術を生かし、DACの早期実用化に貢献すべく開発に取り組んでいます。
自動車排ガス浄化用セラミックスを転用
ハニセラム
DACでCO2を回収するのには、おもに固体吸着法が使われます。これは、CO2の吸着材として知られるアミンを固体基材に付着させておき、そこにファンで大気を送り込んでCO2を吸着させる方法です。
日本ガイシは、自動車排ガス浄化用セラミックスとして実績のある「ハニセラム」を、固体吸着法の基材に転用することを目指しています。ハニセラムは、格子状に並んだ四角い穴がまっすぐ通ったハニカム構造をとっており、穴の内側に排ガス浄化用の触媒を担持したものが、多くの自動車メーカーに採用されています。
DACによるCO2回収
日本ガイシはなぜハニセラムをDACに転用しようと考えたのでしょうか。実は、固体吸着法の基材の形態にはペレットタイプとハニカム構造タイプがあり、ペレットタイプは商用化も始まっています。しかし、ハニカム構造タイプのほうが表面積が大きいため、小さい設備で多くのCO2を吸着することができるのです。
また、穴が貫通しているのでファンで大気を送り込むときの抵抗が低く、運転コストを抑えられると期待されています。
さらに、ハニセラムは、壁が薄く軽いため熱容量が小さいという特徴があります。固体吸着法では吸着したCO2を加熱により脱着するため、熱容量が小さいことは加熱にかかるエネルギーの節約につながります。
再エネによるDACを世界各地で
ハニセラムを基にしてDAC向けの基材を開発するには、ハニカムの穴の大きさや壁の厚さ、吸着材の担持方法などの開発要素があり、ユーザーとともに試作品の検討を重ねる中で最適化を図っています。
ハニカム構造体の製造は簡単ではありませんが、日本ガイシではすでにハニセラムを商業化しており、量産技術は確立されています。しかも生産拠点は世界中にあるので、今後DAC向けの需要が増大すれば、すぐに「地産地消」で供給できるという強みもあります。
DACのプラントを稼働させるには電力が必要ですが、その電力をつくる際にCO2を排出したのでは元も子もありません。たとえば地熱発電所のように、再生可能エネルギーによる電力が得られ、CO2脱着のための熱も得やすい施設の近くに、DACのプラントが建設されていくことでしょう。そのプラントでハニセラムから発展したハニカム構造の基材が使われる日も遠くはなさそうです。
※「ハニセラム(HONEYCERAM)」は日本ガイシの登録商標です
DAC用セラミックス
ライター
青山 聖子あおやま せいこ
科学技術ジャーナリスト
お茶の水女子大学・同大学院で化学を専攻。ファンディング・エージェンシーで広報にかかわった経験や、化学雑誌で取材や編集を行ってきた経験を生かし、サイテック・コミュニケーションズで研究機関や技術系企業の広報媒体(ニュースレター、ウエブページなど)を制作している。いくつかの大学でサイエンス・ライティングも教えている。