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クラブC1おいしい水と食に関するレポートや、C1をお使いいただいている方々のお話をご紹介。

「水と食」を求めて 第4集

第4集

水と食 第2回「水の都・郡上八幡と母袋豆腐」

日本の水の都といわれて、多くの人が思い浮かべる町の1つが郡上八幡ではないでしょうか。
子どもたちが橋の上から川に飛び込む光景が、よく紹介されています。この付近に「変わった豆腐がある」という話を耳にしました。

外観写真 風景写真1

母袋工房1
料理の写真
母袋工房2
母袋工房3
母袋工房4
岐阜県郡上市

名古屋から高山本線に乗り換えて、美濃太田へ。ここから長良川鉄道に揺られて、郡上八幡を目指しました。刃物の関市や、江戸時代の町並みを残した美濃市など、途中下車したい欲求を抑えてガタゴトがたごと。
無人駅に降り立ったおばあさんが、荷物を落としました。乗客が「何か落としたよー」と声をかけます。運転手さんも手招きで合図しています。おばあさんは ゆっくり引き返して、荷物を拾い上げました。電車が発車します。1両編成の電車旅は、ひたすらのどかに。車窓には、深い水色をたたえた長良川。そのまま飲めそうなくらい、澄んで見えます。
「いや、昔はもっときれいだったんですよ。水量も多かったしね。鮎もたくさんいました」(母袋工房社長 筧政之助さん)
郡上八幡からさらに奧へ。徳永という駅で降り、タクシーで山の奥へ奧へと進んだところに、母袋工房はありました。工房の隣が、豆腐・湯葉料理の「奧の奧」。かつてはここで、道路も行き止まりだったそうです。工房の側を小川が流れています。豆腐作りに使っている水は、200メートルほど上流の湧水をひいているとのこと。切れ味のある柔らかな水です。

母親のことを「お袋さん」と言うのなら、母袋という地名は「母の中の母」とでもいうべきものか、なんだかとても守られている気がします。平家の落人が住み着いた言い伝えと、関係しているのかもしれません。
「地名の由来は明らかではありませんが、豆腐の製造方法も平家の落人が伝授したのではないかといわれています」(母袋工房社長 筧政之助さん)
さっそく、母袋豆腐を使った料理をいただきました。
お豆腐に歯ごたえを感じたことありますか? お豆腐でお腹がいっぱいになったことはありますか? いや、ほんとうに存在感のあるおいしいお豆腐でした。母袋豆腐1丁に、普通のお豆腐3丁分くらいの大豆が使われています。
「母袋では、かつては豆腐は貴重な食材で、冠婚葬祭などの時にしか食べることができませんでした。田楽にしたり、煮染めにしたり、料理の主役だったので す。大切なお豆腐を保存食として食べられるよう、味噌をつけて水分を抜き炉端に吊して燻り豆腐にする知恵も、各家庭に伝えられていました。ところが茅葺き の家が消えていくのと同時に、母袋豆腐も、燻り豆腐も消えていきました。なんとか故郷の味を残したい。その思いから、17年前に工房を開きました」(母袋 工房社長 筧政之助さん)
燻り豆腐は、一言でいえば「スモークチーズのような味わい」ですが、スモークチーズより柔らかな食感と、大豆特有の旨みを含んでいます。お酒がすすみます。サラダにも合います。1カ月くらい保存もできます。

お 豆腐でいっぱいになったお腹をかかえて、水の都・郡上八幡へ。詳しい紹介は、旅の雑誌に任せるとして、歩きながらこれほど水音を感じた街ははじめてです。 周囲の山々から水が全部集まってきて、街の下を通って川へ注いでいるイメージ。「どうぞ飲んでください」という水飲み場も、至る所にあります。ほとんど飲みました……。雑味のない、優しい水です。
そういえば「のどかな夏の一コマ」と思っていた、子どもたちが飛び込んでいるあの橋。高さが12メートルあるってご存じでしたか? 屋根の上から、飛び込みしているようなもの。これは恐いぞー。子どもたちの肝試しだったのですね。現地に行ってみないとわからないことって、たくさんあります。今度は、どこでどんな水に出会えるのでしょう。

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